文章を書くのが難しい人は何を悩んでいるのか?

ブログやツイッター、フェイスブックからInstagramまで、自己表現をできるメディアは増えました。そこでは自分の思いを書き連ねることができ、共感を示すリアクションを得ることで安心することができます。ただ、文章を書くことに困難を感じ、自己表現を諦めてしまうこともないでしょうか?

lifestyle

「魂の表現」

いざ筆を執り読み返すと、どこかで聞いたような文句やどこかで読んだような筆の運びによって自分の文章が構成されていて、オリジナリティのなさに気づきます。さらにはそれは精巧なコピーですらなく、不完全な物まねがぎくしゃくして連なっている表現になっていることが多く見られます。これは心の底から湧き出る表現欲が足りないのでしょうか? あるいはテクニックが足りないのでしょうか? オンリーワンでもナンバーワンでもない文章を読み返せば、これは誰かであって自分じゃないと感じることさえあると思います。私の内面の鏡であり、作品である文章はどうすれば生み出せるのでしょうか

出会いを求めて

相手に伝わる文章であり(=共感をもたらす)、一方でかけがえのない唯一の表現である文章を書きたい。書きたい欲望と読みたい欲望は共感を通じて成立します。内容はなんであれ、「これが読みたかった!」という欲望を満たしてあげること。これは自分の書きたい欲望の内容と一致する限りでは幸福な出会いといえるでしょう。こうした幸福な出会いを演出してあげること。自分の文章を読む中で初めて出会うかのように書くこと。自分の望むことは誰かの望みをかなえることではないでしょうか。

自分が書いた文章を読んで、「これは私が書かれている!」


自分の文章のかけがえのなさは、読者とまるで運命かのように出会えたかのように書くこと。内容以上にそうした場を演出できるかどうかが重要ではないでしょうか? ここではじめの苦悩、「私の表現」はどのようにして可能になるのでしょうか? おそらく恥知らずなまでに相手の欲望へ明け渡す。そんなことをやっているなんて素振りも顔つきもせず書ききることではないでしょうか?